私は「見知りの拡張」の可能性ということについても述べてみたい。たとえばある企業体が、ある土地の鑑定を四人の鑑定士に依頼した。企業体はある日時に、4人の鑑定士に土地の沿革や評価目的、評価の条件、収引実例地とその取引価格を説明した。しかしその4人のうちの1人は説明会に出所できなかったので、ほかの日に単独に説明を受けた。後日4人の鑑定士の各々によって鑑定評価書が提出されたのであるが、説明会に欠席し別に説明をうけた人の評価額と他の3人の評価額との開きは比較的大きかった。
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依頼人はその事情を問いただしたのであるが、結局3人に説明された事例地と、他の1人に説明された事例地が異なったものであったということであった。評価の開差の理由はこれでわかったのであるが、示された事例地が異なれば事例価格が異なるのも当然であるが、事例価格が異なるごとに対象土地の鑑定評価額がちがっていたというのでは、鑑定評価とは何であるか。高度な思考過程を必要とする、専門職業としての価格は何であろうかを疑いたくなる。示された資料の相違によって鑑定価格がちがうということは、鑑定人が資料と知識と経験による関連の拡張を怠ったためであり、鑑定評価の手法を技能的に理解していないところに原因がある。